いぬと正月のゆめ

隣にいてもなんにもできないってなんなんだろうとか考える
言い訳がましいことを言うとこういうのを書くのは誰かに聞いてほしいとかそういうわけじゃなく気を紛らわすためだけなんだけど

昨日、祖父の容態が急変したと連絡がきた
何度か救急搬送されて、その度に最悪な事態は頭をよぎっていったけど今回は想定していたほぼ最悪な事態だと思った
病院に向かう電車の中で、もう話せないかもしれない、わたしの思っていることを伝えるすべはこうしている間にもなくなってしまうのではないかと考えた時、もっと何かすればよかったという後悔よりも先に、寒かったねいらっしゃい、あけましておめでとうと迎えてくれる祖父母とデカくてふさふさしたしっぽを振るゴン太がいて、みんながいて、大人はお酒でわたしたちはジュースで乾杯した、柔らかくて幸せな毎年のお正月を思い出した
ここ数年は家を出たり、母親と不仲だったりとたくさん心配をかけた祖父に対する1番の思いは後悔ではなく楽しかった事だった、それは私にとってしあわせなことだと思ったし祖父にとってもそれが幸せであればいいと思った

 

処置はしてもらったものの、人工呼吸器を祖父が拒んでいる以上、あとはゆっくり死を待つのだと医者や両親、祖母は言う
祖父は今日も寝たり起きたりを繰り返していた
ねむりのなかでも苦しいと思っているのかもしれないけど、少しでも、犬のいたあの家で過ごしてきた祖母との事やみんながいたお正月の夢を見ていたらいい
起きたら楽しかった話をしようと思う