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私を振らなかった人の話

わたしはあまり振られない
クソブスが調子にのるなと思わないでほしい
それなりに努力して下手な鉄砲を打ちまくった結果である
でも片思いして振られたどんな人よりも振らなかった人のことをわたしは一生忘れない
振らなかったというのは付き合うことになったということではない
振ってさえくれなかったのだ

塾の先生だった
この世で一番気持ち悪い中学3年生だったわたしが塾に入ってはじめて数学を教えてもらった人だった
見た目も中身も一瞬で好きになって、先生に会うため夏休み朝から晩まで塾に通いつめ、偏差値は15くらいあがった
会えるかも、と思って毎日先生の家の近くまで片道3.5kmのランニングをしていたことや、事あるごとに感謝の手紙を書いたことも先生の授業があるときだけ下手くそなメイクをしていたことも今思えば死にたいどころの騒ぎではないが、国府台に入れたのは先生のおかげなのである。

そして中学生という立場でなくなったわたしは最も思い出したくない暗黒時代へと入っていく。
単純な思考回路、中学生と塾の先生はまずいよな→でも高校生と塾の先生なら聞いたことある→わたしも先生と付き合える!
というものがあったことを前提として高校生になった春、友達を通じて(私は一度塾を辞めていた)先生に告白もどきをしたのである
ひなが先生のこと好きだってって言いふらしていいよ!と言った記憶がある。
今思えば本当に死にたい、自分のことを名前で呼んでいたことを思い出してなおさら死にたい。
その時も先生は笑ってかわしただけだった(と聞いた)
今思えば、優しいし先生という立場もある以上しっかり断れなかったというのが一番大きいと思う

 

そして忘れもしない、高校生1年生の7月友人を通して先生から彼女ができたことを伝えられた。
しかもヤスノがはやく告白してくれないからという一言付きである。
冗談だとわかるけど当時のクソブスにはわからなかった。
(その時の第一の感想がハッ、しくった!????だった。)
そしてわたしは津田沼まであと一駅だというのに東船橋駅のホームで泣きわめいた。

こうしてせんせいに振ってもらえなかったわたしはクソビッチになる道を辿るのである
書いていていろんな意味で辛くなったので続きはまた夜にでも更新しようと思う

そういえば、どうせ仲がいい人くらいしか読んでないだろうと思ってかなりひどいことを書いていたけど意外な人が読んでいたりするのだということを知ったのでこれからはまともなことを書きたいと思ったけど結局クソポエムになってしまった