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突然すぎる告白

精神的余裕がなさすぎてブログとかいう貴族の遊びができない
つらすぎ
彼氏と別れて早1ヶ月、もちろんクソビッチなので新しい彼氏はいる。
ハワイに慣れ英語にも慣れ、しかし3日後に帰国するのである。さらばハワイ。
そして5月には仕事に戻る。いやもはやただのロングバケーションじゃねーかという意見は受け付けません

突然ですがどうでもいい話をしようと思う
ちなみに解決してないし楽しい話ではない
わたしはADHDという発達障害です
人によって重めとか軽めがあるけどわたしは重めのADHD
初めて知ったのは高校三年生の終わりの頃だった
お金がないのにお金を使いまくり借金し、部屋はぐちゃぐちゃで突然学校をやめたりしてきたわたしですが当時の彼氏(懐かしきシンジ)にあまりにもやばくね?と言われ精神科に行ったところかなり重度のADHDと後天性の記憶障害ですね、今まで大変だったでしょと言われた。びっくりぽんどころの騒ぎではなかった
もっと早くわかっていて、薬を飲んだりしていれば突然行動してしまうことも少しは抑えられたと思うと言われた時はさすがに自分のことをちょっとかわいそうだと思った

高校生なのに20万近くも親に借金をし大事な書類の期限も守れなくて、自室の片付けすらできず学校をやめてしまったわたしはなんてだめな人間なのか、しかも性格じゃなくて障害なんて治らない、もう絶対就職もできなくて風俗とかで働いて若さを使えなくなったら自殺するんだなと思った
未来に絶望しかなかった
自分のことをなにもできない本当にだめな人間だなと思って自傷行為をしたりしてたけどもっと早くわかっていたら少しだけ病気のせいにできたのに、楽だったのにと両親のことをめちゃめちゃ責めた
しかもこの後に及んで病気だとは思えないと言う両親に怒りしかなかった。
こんな風に産んだ母親か、いやむしろ精子父親か????と誰かのせいにしたくてでもこの病気とずっと付き合っていかなきゃいけないのはわたしなんだ、と思うとほんとに死にたかった
おとなたちに病気に甘えるなと言われた時はお前を殺して死ぬぞ!!!!!!!!!????!!と思った
わたしの人間性がだめだと17年間思ってきてずっと自分だけを責めていたのに少しも病気のせいにして責めたらいけないのか

そう思ったら一生この病気を抱えていくのが怖くて病院に行けなくなった
結局それ以降一度も病院には行っていない。
いまもお金の管理はめちゃくちゃだし部屋の片付けもできない。
突然ハワイに行き1ヶ月で帰るしなに一つ良くなっていない。


しかしこの前、病気のせいにして気持ちが楽になることもあるから無理に治そうとする必要はないと言われた

今まで副作用がひどいしな、薬を一回飲み始めたらもうADHDですって認めなきゃいけないしな、とか思ってきたけどきちんと向き合わないといけないなと思った
来年の2月ではたちになる
誰の許可がなくても投薬を受けられる年齢になる
生き延びようと思う

 

なんで突然こんな私可哀想でしょうブログを書いたかというとアメリカンピーポーはなにに対しても結構オープンでADHDがある、という話をしたらわたしも軽い発達障害があるけど楽しく生きてると言われて、こんな風になれたらいいなと思ったから

あとなにが言いたいかというとわたしのように病気と言われて初めて自分を許せる人もいるし何気なくいった一言で誰かのすくいになるかも知れないし、お前絶対殺すぞと思われてるかもよということ
おわり

(書いてたら終わりが見えなくなったから無理矢理終わらせた)

巨根とポークピッツ

読みたいと言われたので書く
はじめに断っておくけど初体験を初キスの2週間後に浮気ですませた衝撃から比べればこんなのはつまらない話である。
シンジと別れたわたしはわりと自暴自棄になることもなく生きていた

しかし思えばこの時期が一番クソビッチに近かったかもしれない
ちなみに前回ワンナイトと書いたが若干盛った。
最後までしたのは一人だけです
とりあえず巨根との出会いから書こうと思う
彼と会ったのはシンジと別れてすぐ、夏の終わり頃だったと思う
野球を見に行った帰り、津田沼駅で声をかけてきた巨根は普通のサラリーマン風の男だった。しかもニコちゃんマークな笑顔の居酒屋バイトに似ていた。
今まで変な人にしかナンパされたことがなかったのでついて行ったことはなかったがこの人とならしてもいいなと思ったのでついていくことにした。
友達とチョコフォンデュフライドポテトというデブすぎる組み合わせを食べた後だったのでお腹は空いていなかったがまあデブなのでとりあえずアヒージョとパスタを食べてぶりっ子女の代名詞のようなカルーアミルクを飲んだ。
そして冷静な頭で考えた、こいつはヤりたいのだろうか。
わたしはヤってもいい、むしろヤりたい。
そしてご飯を食べて店から出た巨根はついに口を開いた。
とりあえずこの辺一周する?
は?一周って何なの?津田沼を?と様々な疑問が渦を巻いたがとりあえずうんと言っておいた。
言葉通りこの辺一周してさっきのお店の前に戻ってきた。そして巨根は言った
ホテル行く?
いや早く言えよ。こっちはお腹いっぱいで謎に津田沼一周したんだけど!?気持ち悪いわ!
という気持ちも抑えてうんと言っておく。
しかしそこから巨根はプロだった。
わたしがお店でお手洗いに行っている間に東横インを予約していたのである。
やるじゃん巨根。
まあそういう感じで抱かれたわけですが巨根の巨根は本当に巨根だった。
おっきいねと言うとニヤニヤしていてちょっと気持ち悪かった。
ただ、巨根だからといって気持ちいいわけではなかった。ただ巨根なだけであった。
ちなみにわたしはドMなのでフェラは楽しかった。

次の朝ジョナサンでブレックファースト的なプレートをおごってもらって帰った。おいしかった。

 

さて、お待ちかねポークピッツである。
彼は知り合いの知り合いみたいな人
ツイッターで急に幼稚園行ってた!?と送ってきたちょっと頭の悪い人です。
保育園に行っていましたと返信した。
そこで終わるかと思いきやポークピッツはさらにDMを送ってきたのである。
まあ色々あって夜中、公園で会うことになった。
これも夏の終わりくらいの話
唐突ですがわたしはタバコを吸う人が割と好きで、たまに喫煙者とキスしたくなる
そしてポークピッツは同い年ながらタバコを吸っていたのである
そういうわけでちゅーしたいし会おうと思った。あとジェラートピケの部屋着が届いたばっかりだったので誰かに見せびらかしたかったのもある。
そうしてなんだかんだで会ったポークピッツはなかなかいい男だった。
背は高くなかったけど顔はまあまあタイプだった。
あっちの草むらの方だれか立ってない?
えっウソォコワァイ怖いから手繋いでいい、という鉄板すぎてバカみたいな流れを経て我々はキスをした。
わたしは正直もうキスができればいいや、と思ったので彼女にも悪いからもう帰ろ、と言ったがポークピッツは止まらなかった。
ああいう年頃の男の子の性欲を舐めてはいけないと思い知った。
ゴムを持っていなかったので口でするヨゥと言ったところ、じゃあしてよと出てきたそれを見てわたしはギョッとした。
小さい、、、これはどう考えても小さい、、、当時中学生1、2年生だった弟の通常時のそれよりと同じくらいだった。
ポークピッツよ、よくもそれを出せたな
口に入れた時の感じはまさにポークピッツだった
しかもポークピッツは早漏だった。
まじで30秒くらいじゃないかと思った

私史上最強に楽だった。ありがたかった。

この前久しぶりにポークピッツのSNSを見たらまだあの時の彼女と付き合っているらしかった。

彼女がポークピッツで満足できているかは謎ですがお幸せに、と思っておいた。

 

結果として巨根から得たものは大きいほうがフェラはドM仕様ということだけだったし、ポークピッツからはゼロコーラで手を洗ってもベタベタしないという知識のみだった。

 

おわり

わたしを振らなかった人の話2

先生に彼女ができたと知ってとりあえず大泣きしたわたしでしたがその後あんまり落ち込むことはなかった。
またマネ室で泣いて、野原美咲がカラオケに連れて行ってくれたことや部活でめちゃくちゃハブられてそれどころではなかったというのもあるが、一番は先生の彼女がブスだったからである。
本当にこういうことを書いていると先生のことを好きだと思う権利すらないクソ野郎だなと自分でも思うけどかわいくないものはかわいくないので仕方ないと開き直ることにする

だがしかし、わたしはここで最も大事なスキルを手に入れることになるのである。
それは諦めるということ、そう先生の彼女はブスだったがものすごくいい人だったのだ。(同じ塾の先生だった)
謎の上から目線で冷静にブスだけどあの人ならしょうがないなと思った。

そこからわたしは恋愛において成長を遂げていく
先生のことを一番好きな人枠で残したあと、わたしが好きになったのは部活でものすごく顔がタイプの人だった
その人には部活を辞めた冬に告白し、あれそういえば振られてねーなと思いもう一度のちほど告白して振られた。
諦めたわたしが次に好きになったのは居酒屋のバイト先の人だった。
ニコちゃんマークのような笑顔のその人には彼女がいたが構わず浮気相手でもいいです!と言い、タイミングが違ってればなーという鉄板すぎることを言われ結局は諦めた。
そう、お気づきだろうがめちゃめちゃ振られてる。
あまり振られないじゃないよバカ!!!
ただ確率的にいうと半分よりちょっと下回るのであまり振られないことにしておく。
感じ方は人それぞれなのだ。

そしてこの次がシンジである。
あまりにもメンヘラので割愛します。
ちなみに大学に行かないで結婚してと泣かれその気でいたら就活に失敗し、やっぱり大学行けば?と言われたのでおめーは一生結婚できねーよと言い別れました。

そしてついにまーくんの出番がやってくる。
(シンジと別れてから3人くらいとワンナイトしたことも割愛します。ただ一人はめちゃめちゃ巨根でもう一人がポークピッツ並みだったのでいずれこの話はしたい)
とりあえずまーくんにラインをしまくって2度振られたわたしだが諦めなかったのである。
なんとなく粘ろうと思った。
先生に彼女ができても、もはや恒例となっていた3.5kmをさらに増やし片道5キロくらいを歩き、8キロ痩せたわたしは4ヶ月ほどの月日を経てついにまーくんを手に入れることとなった。

まあ色々あったけど高校を卒業したわたしは先生に最後の手紙を書いた
もうこの先会うことはないと思う、でもいつか先生に会うことがあったらもう心配されない人生を進んでいられるように頑張りますというようなものだった

こうしてこの言葉どうり、ちゃんとした仕事に就きまーくんと付き合い続けて手紙を渡してからもうすぐ一年経つ今、少し大人になったわたしはいる。
諦めないで手に入れたのはまーくんだけだった。一番好きな人枠にもう先生はいないなと思う。
それでも、先生から誕生日にもらったしおりと食濃水くんとみはじちゃんが書いてある裏紙はこの先もずっとクローゼットの中に置いておく

たぶん再来年の春にわたしは結婚する
先生にもう報告はしない

私を振らなかった人の話

わたしはあまり振られない
クソブスが調子にのるなと思わないでほしい
それなりに努力して下手な鉄砲を打ちまくった結果である
でも片思いして振られたどんな人よりも振らなかった人のことをわたしは一生忘れない
振らなかったというのは付き合うことになったということではない
振ってさえくれなかったのだ

塾の先生だった
この世で一番気持ち悪い中学3年生だったわたしが塾に入ってはじめて数学を教えてもらった人だった
見た目も中身も一瞬で好きになって、先生に会うため夏休み朝から晩まで塾に通いつめ、偏差値は15くらいあがった
会えるかも、と思って毎日先生の家の近くまで片道3.5kmのランニングをしていたことや、事あるごとに感謝の手紙を書いたことも先生の授業があるときだけ下手くそなメイクをしていたことも今思えば死にたいどころの騒ぎではないが、国府台に入れたのは先生のおかげなのである。

そして中学生という立場でなくなったわたしは最も思い出したくない暗黒時代へと入っていく。
単純な思考回路、中学生と塾の先生はまずいよな→でも高校生と塾の先生なら聞いたことある→わたしも先生と付き合える!
というものがあったことを前提として高校生になった春、友達を通じて(私は一度塾を辞めていた)先生に告白もどきをしたのである
ひなが先生のこと好きだってって言いふらしていいよ!と言った記憶がある。
今思えば本当に死にたい、自分のことを名前で呼んでいたことを思い出してなおさら死にたい。
その時も先生は笑ってかわしただけだった(と聞いた)
今思えば、優しいし先生という立場もある以上しっかり断れなかったというのが一番大きいと思う

 

そして忘れもしない、高校生1年生の7月友人を通して先生から彼女ができたことを伝えられた。
しかもヤスノがはやく告白してくれないからという一言付きである。
冗談だとわかるけど当時のクソブスにはわからなかった。
(その時の第一の感想がハッ、しくった!????だった。)
そしてわたしは津田沼まであと一駅だというのに東船橋駅のホームで泣きわめいた。

こうしてせんせいに振ってもらえなかったわたしはクソビッチになる道を辿るのである
書いていていろんな意味で辛くなったので続きはまた夜にでも更新しようと思う

そういえば、どうせ仲がいい人くらいしか読んでないだろうと思ってかなりひどいことを書いていたけど意外な人が読んでいたりするのだということを知ったのでこれからはまともなことを書きたいと思ったけど結局クソポエムになってしまった

昨日の新作秋仕様モンスターボール

サマンサタバサへ行けご来店するな
前にも書いたと思うがわたしの働いているお店の商品はダサい。(バッグ屋)
昨日の新作は秋仕様モンスターボール!!みたいな色をしていた。
だいたいの商品はダサいのだが、たまにサマンサタバサのような素材の(サフィアーノというやつ)お、ちょっとこれはいけるかも?みたいなやつも出す。
しかしそういった商品はだいたいすぐ売り切れるのである。
在庫用意しとけよ
そしてだいたい草津とか場所すらもダサい店舗に在庫すごいあるみたいな状態になる。
バカなの?
本当に商品企画はなにを考えているのだろうと思う。
今日も新作が入ってくるがどうせろくなものは入って来ないと思う。
もはやサマンサタバサっぽいやつは当たりと呼ばれているのである。
普通はたまに入ってくる、ちょっと失敗かな?というやつがハズレのはずなのだがほぼ大半がハズレすぎて当たりといったほうがわかりやすいのだ
しかも当たりはだいたい7000円くらいする。
サマンサタバサへ行け。
サマンサタバサの方がちょっと高いけど間違いなくほぼ当たりです。
しかしうちにくる大半のお客様はサマンサタバサはちょっと派手すぎるという
絶対違うだろ値段だろ
うちとサマンサの違いなんてロゴと安っぽさの違いである。(もちろん安っぽいのがうち)

 

それにしても本当にあのモンスターボールどうやって売ろうかわからない。
売るのが辛すぎてわたしは最近病み期になっている。
人を病み期に出来るほどダサいデザインもそうない気がする。
だがしかしお給料をもらっているのでわたしは秋仕様モンスターボールだろうと何だろうと必死で売るのだ。
バイカラーでかわいいですよねッ!
ちょっと裏の色が見えておしゃれに持てますよッ!
たまに鼻で笑われるけど気にしない。
元気に売っていこうと思う。
今日もご来店お待ちしております
あとダサいバッグ売ってるお店の店員さんにお姉さんだったらどっちにします?って聞かないでください。
お姉さんはMHLのトートバッグかグレゴリーのリュックで通勤しています。

うちのバッグを買おうと思ったことは一瞬たりともありません

猫とワイハ

あれ、最近ヤスノ突然旅行行ったりしてなくね?

普通の人間に近づいて来たね

と思っていた君たちに速報である

わたしは来年春から1年間くらいハワイにいきます(さらにもしかしたらそのままハワイの大学に行くかもしれない)

何を隠そう、親のすねかじりに戻ったのである

そしてハワイというなんともすねかじりにふさわしい場所。

もともと英語はちょろっと喋ることができたけど、最近新宿に異動になって英語が通じ簡単に言うと調子に乗ったのである

手続きもサンディエゴの三週間前に比べれば今回は4ヶ月ほどの時間があるので余裕がありそうなものだがなにしろ1年である。

ビザ取れんの私?????????

住むところは、そしてハワイとか日本人しかいなくないですか??????(本当は本土に行きたかった、ファッキュートランプ)

という様々な疑問は浮かび上がってくるがもう止まれない。

さよなら安定、そして愛おしい仕事

 

というか9ヶ月ぶりくらいに会った父はやはり甘さの極みで、すかじり尽くしたつもりだったけど親のすねって再生するんダァと思いました。

あとこれからはもうちょっと父親と祖父母孝行しようと思った。

そしてちゃっかりおこづかいをもらって帰って来ました

 

まあそういうわけでハワイに行く前に私に会っておきたい方はぜひ連絡してくださいね💕💕💕💕💕💕💕🤗🤗🤗🤗

ちなみにまるやまとは全然別れていない。

猫はまるやまとお留守番ですf:id:kgkgokg71:20161113135016j:image

 

トイレが怖くなくなったはなし

何人かで遊んだりしている時に1人でトイレに行くの苦手な人っていないの
わたしは苦手です
残った人たちは絶対自分の悪口言ってるだろうなって思ってた

小学校の女の子のグループも中学の部活も嫌いだった
何にも悪いことはしていないのに一番偉そうな子の気分でハブられたりハブらないといけないようなそういう(今思えばだけど)思春期特有のめんどくささがいやだった

でも最近普通にトイレに行けるようになった
この前ディズニーランドに行った時に気づいた
18年間生きてきてやっと友達ができたような気がした(クソ大げさだしこいつらわたしにそこまで興味ないだろうなというのもあるけど)
今まで結婚式に来てくれる人がいなかったらどうしようとかしょうもない事を考えて、中学校の頃の部活の集まりなど誘われたら遊んでいたけどもうやめようと思った

そんなの友達じゃないし何よりもそんな友達はいらない
わたしには本当に結婚を祝ってくれる10人にも満たない人たちがいればいい
類友感はあるので性格がめちゃめちゃいい人なんていないけどみんなまともで間違っていることは教えてくれるしこれからもずっと大事にしようとおもった

 

そしてなぜ急にこんな事を書いたのかというと昨日お店に小中一緒だった偉そうな女が来店したからである
久しぶりに見たそいつはクソブス出っ歯だったし、よく考えたら今まで威張ってた嫌なやつは大体ブスだし結構頭の悪い高校に行ったよなと思った
はあよかったざまあみろ
という勢いで書いたのがこの話でした。

おわり